18年
TVから大歓声が聞こえてくる。
言葉にならない声の集合体。
ベンチから飛び出す人、人、人。
マウンドで揉みくちゃになる選手たち。
やがてグラウンドの中央で、背番号77が宙に舞い始めた。
「・・・野球?」
「うん。優勝が決まったんだ。」
風呂上り、リビングにいる先輩の背後から近づいたら珍しいものを見ていた。
ああ、と頷く。
プロ野球には疎いけれど、今年のこのチームの大躍進はニュースなどで聞いたことがあったので。
「なんか・・・すごいっすね。」
TVカメラはグランド内の選手だけでなく、観客席も映し出している。
飛び交うメガホン。
舞い散る紙吹雪。
興奮、そして歓喜。
まるでその球場全体が熱に浮かされているかのようだ。
「18年ぶりだからね。仕方ないよ。」
「18年?」
先輩の口からさらりと出てきた数字に驚いた。
「18年前って・・・俺まだ生まれてないっす。」
「奇遇だね、俺もだよ。」
先輩が笑って応える。
その視線はまだTVに注がれたまま。
「・・・このチームのファンなんすか?」
「いや?」
あまりに熱心に見ているので聞いてみたら、即座に否定されてしまった。俺が小首をかしげたのを見て、先輩はまた小さく笑った。
「なんせ俺の名前が名前だし?野球についても少しは知っているけれどね。どこを応援しているわけでもないよ。」
「ああ・・・。なんか、昔の名選手と同じ名前なんすよね。・・・このチームの人なんすか?」
「いや。王さんは元は巨人だけど今はパリーグで監督してる・・・ってホントに海堂、野球知らないんだね。」
「・・・わりぃかよ。」
軽く驚いたような先輩の言葉に、一瞬ムカついた。
先輩の名前については前に自分の父親がそんなようなことを言っていたから覚えていただけで、俺自身は本当にプロ野球についてほとんど知らない。
「悪いなんて、言ってないでしょ。」
くしゃり、と先輩が俺の頭をなでた。・・・まだ濡れているのに。
「ホントにテニスのことでいっぱいなんだね。」
そう言って先輩が俺の顔を覗き込む。
それは確かに本当のことだけれど。
まるでその他のことについては常識知らずと言われたようで、俺は先輩の手を振り払うとそっぽを向いてやった。
先輩は振り払った手をぶらぶらさせて苦笑しているだけ。
まるでむずかる子供をあやしているかのような、その表情がムカツク。
TVは今度は街を映し出していた。
こことはどこか違う、西の町並み。
そこはまさに狂喜乱舞。
本来車が我が物顔で通っているはずの道路にも、人があふれかえっている。
その町の人という人が喜びを爆発させているかのようだ。
「すげぇ・・・。人だらけだ。」
「人気球団だからね、ここは。」
「・・・18年、優勝できなかったようなチームなのに?」
俺は不思議になって思わず先輩に訊いた。
だって18年間だぞ?その間、ずっと優勝できなかったってことは弱いチームなんじゃねぇのか?
「この球団のファンは、その『熱狂』振りとともに『懲りない』ことでも有名だから。そういうファンの体質も球団改革を邪魔している、という説もあったくらいでさ。」
おかしそうに先輩が告げた。
どんなに負けてもファンが離れないから球団側も長いあいだ改革に本腰をいれなかった、っていうこともいわれているらしい。
俺にはよくわからないけれど。
でもそう言って笑う先輩は少しも馬鹿にしたような感じではなく。どこか羨ましそうに、愛しむように眸を細めた。
先輩の視線の先、ブラウン管の中。
そこに映し出された人々は、互いに肩を組み、歌い、叫び、・・・・泣いていた。
顔をくちゃくちゃにして。
それでもこの上なく幸せそうに。
その光景に一瞬、言葉を失う。
「・・・待っていたんだろうね。ずっと。」
先輩の静かな声。
俺は黙って頷くしかなかった。
待っていたんだ、18年間。
ただ、このときを。
「・・・なんで・・・」
「ん?」
「なんで、待っていられるんだろう?」
18年は決して短い時間じゃない。
なのに、その間この人たちは。
ただひたすら、この瞬間を待ち続けていたんだろうか。
18年間勝ちもしない、チームの勝利を信じて。
「・・・多分、彼らに訊いてみたら。きっと、こう応えるんじゃないかな。」
−このチームが好きだから−
−ただ、ただ好きだから−
「・・・わかんねぇ。」
先輩の答えにも俺の疑問は深まるばかり。
だって18年間だぞ?好きだ、ってだけで待ち続けられるもんなのか?
「そう?俺は・・・分かる気がするけど。」
先輩の言葉に振り向いたら。
先輩はもうTVを見てはいなかった。
その視線の先は・・・俺。
ただ、静かに見つめている。
「だって、俺は待つよ。もし、18年待つことで。」
ああ・・・。
こうやって、いつも。
「海堂が、この手に入るのなら。」
いつも、このひとは。
「18年間だって、待つさ。」
その視線と言葉で俺を絡みとってしまうんだ。
「・・・俺には、やっぱりわかんねぇ。」
「うん。」
「俺は18年間待つなんてできねぇ。」
「うん。・・・海堂はそうだろうね。」
くしゃり。
先輩がまた俺の髪を撫でた。
少しだけ微笑った顔はどこかさびしそうで。
俺はまた、このひとを勘違いさせたことを知った。
「違っ!・・・そうじゃなくてっ」
「ん?」
「ただ・・・俺だったら、きっと。・・・自分で取りに行っちまうから。」
「え?」
そんなにびっくりした顔すんなよ。
だって、そんなの当たり前だろう?
「あんた、18年間も俺のこと放っておく気かよ。」
「・・・海堂。」
「俺は。・・・俺は待つだけなんてできねぇよ。」
あんたがそんな長い時間、俺のこと放っておく気なら。
俺、きっと自分で迎えに行っちまうから。
だって、あんたがそばにいないなんて。
「うん・・・。そうかもね。」
「そうだ、よ。」
「うん。俺だって耐え切れないよ。・・・海堂が、俺のそばにいないなんて。」
「・・・んだよ。さっきと言ってること違う。」
「18年だって待ってるよ、もちろん。でも俺が海堂を失って。ただ黙って手をこまねいてるはず、ないじゃない。」
先輩の腕が俺の背中を捉えた。そのまま、ぐっと引き寄せられて。
耳元にひとつ、キスを落とされて。
− 君がそばにいないなんて、たとえ1秒だって耐えられないのに −
「じゃあ、んなこと言うな。」
「ごめん。」
「簡単に謝るな。よけいムカツク。」
「うん、ごめん。」
先輩にそのまま頬にも軽くキスされて。
ちくしょう。こいつ、悪いと思ってねぇ!
「ごめんって。ホントに悪かった。」
「・・・もういいっすよ、べつに。」
先輩の腕から逃れ、そっぽを向いて応える俺。
空気が揺れて、また先輩が笑う。
「だって、海堂。それ、熱烈な愛の告白だって分かってる?」
言われた言葉をゆっくり飲み込んで。
俺の顔が、勝手にどんどん熱くなっていくのが分かった。
「べ、べつにっ、そういうつもりでっ」
「じゃあ、無意識?うわ、よけい嬉しいんだけど。」
そういう先輩の顔はまさしく満面の笑みってやつで。また、俺を胸に抱きこもうとするので。
・・・仕方ないから、されるがままになってやった。
そうしたらこいつ、調子に乗りやがって。
あとは息も継げないような、甘い唇が降りてきた。
18年間
待ち続けるなんて
やっぱり俺にはわからないけれど
待ち続けた人たちは
きっとその声援が
力になることを信じていたのかもしれない
信じる
ただそれだけのことを
18年間
俺は
のばす腕も、手段も
この手に持っているから
待っているだけなんて嫌だから
自分で、とりに行く
そして自分の信じたものを、この手に
今はただ、ブラウン管の中の人々とこの喜びを分かち合おう。
信じたものを手に入れた、その喜びを。
後書き
うちはテニプリサイトです。いろんな意味でごめんなさい。
でも、祝わせてくれ〜〜!!うれしいんじゃ〜〜!(ぶっこわれ)
しかもこんなものをDLF。ニーズ低っ。
一応、阪神ファンじゃなくても野球を知らなくても分かるようにはしたつもりなんですが。
もっていかれるという豪気な方は、掲示板・メールで一言いただけると嬉しいv(いるんか?)
2003.9.15記
2004年の乾誕生日企画に再録されていたのを欲しいといって無理やり貰ってきたもの。
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